今月の一日坐禅会は3月16日(月)です。11時から1時間ほど、正法眼蔵随聞記を皆で読んでディスカッションします。
※初回参加の方、随聞記で最も難解なパートなので、話を聞いていて全くわからなくても気にしないでください。
2月の寒気がウソのような温かさです。最近の気候は明らかに異常ですが、それでも春が来るのはうれしい限り。
道元禅師の言葉を紹介しましょう。
「生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり、たとへば、冬と春のごとし、冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり」
(現成公案)
今はどこを探しても2月の大寒の時節の寒気は見当たりません。土のぬくもり、鳥の鳴き声、心地よい風、膨らんだ木の芽、梅の花、畑で作業する人々、どこを見ても春を感じます。昔の人は春の女神の働きで気が芽吹き、暖かい風が吹き、梅の花が咲くと考えました。しかし、春の女神を見た人は誰もいません。
そのように私たちも春を満喫していますが、どこを探しても「春」という実体を見つけることはできません。にもかかわらず、私たちは身の回りの森羅万象に春が満ちていると感じます。ああ、春になったなと思うひととき、そのひとときに春が全体を残りなく現わしています。全体を現わすひととき。私たちはつかのま生きて、段々と老いていき、いつか遠い将来に死ぬとぼんやり考えていますが、この全体を現わすひとときにおいては、生と死が別の物ではない、いまだかつて私たちが経験したことのない風光が開けるのです。坐禅によって、そこに至りましょう。
いつか、ではなく、今ここで。

